大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成4年(行コ)43号 判決

控訴人(原告) 増山幸男

被控訴人(被告) 大阪府知事 社団法人大阪府原爆被害者団体協議会

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人大阪府知事は、大阪府と被控訴人社団法人大阪府原爆被害者団体協議会との間で、原爆被爆者健康診断受診奨励金の支給事務を大阪府が被控訴人社団法人大阪府原爆被害者団体協議会に委託する契約を締結してはならない。

3  被控訴人社団法人大阪府原爆被害者団体協議会は、大阪府に対し、四九四万四〇〇〇円を支払え。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文同旨

第二事案の概要

事案の概要は、当審における控訴人の主張を次のとおり付加するほか、原判決事実及び理由第二 事案の概要(原判決三頁七行目から同一八頁九行目まで)と同一であるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

1  争点1について

受診奨励金が実質的な交通費(少なくとも実質的な交通費を含む受診者の負担)の肩代りの意味をもって支給される金員であることは、受診奨励金支給制度の発足経緯からみても明らかであり、多くの受診者もこのように認識していたものである。

地方自治法施行令一六一条一項七号の「報償金その他これに類する経費」に含まれるとされる賞賜金は、一定の行為もしくは結果を褒め讃える意味で支給される金員であるが、本件受診奨励金には受診者を褒め讃える要素は全くなく、その実質は受診者の経費の肩代りにすぎないから、賞賜金に極めて近い性格であるとは言えない。

また、地方自治法施行令一六五条の三第一項において、私人に公金の支出事務を委託することができると規定されたのは、同令一六一条一項一号ないし一二号、二項所定の経費については、私人への支給事務の委託の必要性が特に高く、かつ、公正な取扱が確保されうると判断されたからであるが、本件受診奨励金については、私人にわざわざ支給事務を委託する必要性はなく、また、後述のとおり、現実の支給に当たって不公正な取扱がなされているのであるから、この点からみても、本件受診奨励金を私人である被控訴人被団協に委託することは許されない。

2  争点2について

単位会は、被控訴人被団協の構成員ではあるが、同被控訴人とは別個の法人格を有するものであり、同被控訴人からの委託に基づき、受診奨励金支給事務の主要な一部を単位会の責任において処理し、同被控訴人から手数料の支払を受けているのであるから、被控訴人被団協と単位会との間に受診奨励金支給事務の委託関係があることは明らかである。

3  争点3について

本件受診奨励金支給事務の委託は、現実には、単位会の会費徴収の手段として利用されており、受診者の便宜にはなっておらず、委託の合理性はない。また、本件受診奨励金のような定額の給付については、コンピュータを利用し、受診者の指定する銀行口座への振込送金の方法をとることが可能であり、このことからも、被控訴人被団協への委託の合理性はなく、委託の合理性を理由として、被爆者に関する個人情報の漏洩を正当化することはできない。

また、単位会の役員は、受診の有無だけではなく、誰が被爆者であるかを知ることになるのであり、被控訴人被団協の職員及び役員が重要な個人情報に接することは、職員及び役員が少数であっても問題であり、他への伝播可能性も極めて低いとは言えない。

さらに、本件委託契約による受診奨励金支給事務の委託が被爆者の個人情報の第三者への漏洩を必然的に伴うのであるから、右行為が地方公務員法三四条に違反することは明らかであり、委託の合理性や漏洩する情報がわずかであること等によって正当化されるものではない。

4  争点4について

本件受診奨励金は、健康診断に立ち会う単位会の役員によって、受診奨励金の趣旨が十分説明されないまま、単位会の会費等として徴求され、受診者に現実に支給されていないのが実態であり、被爆者の健康診断受診奨励の効果を挙げておらず、受診者の中には、単位会の役員によって徴収される一〇〇〇円を健康診断の費用として認識している者もあって、その弊害は極めて大きい。

また、被控訴人被団協の会員である単位会に加入していない受診者に対しては、受診日から三、四か月も遅れて受診奨励金の支給がなされており、このような差別的取扱がなされている点からみても、本件委託契約を締結することは、被控訴人大阪府知事の裁量権を逸脱するものというべきである。

第三証拠〈省略〉

第四争点に対する判断

一  当裁判所も、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求はいずれも理由がないから棄却すべきであると判断するが、その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実及び理由第三 判断(原判決一八頁一一行目から同三七頁六行目まで)と同一であるから、これを引用する。

1  原判決一九頁六行目「交通費」の次に「(少なくとも交通費を含む受診者の負担)の肩代り」を加える。

2  同二〇頁一行目「である。」の次に「また、本件受診奨励金が、被爆者が健康診断を受診しようとする場合の経済的負担(交通費を含む。)の軽減の趣旨を持つものと解しうるとしても、それは経済的負担の軽減を通じて被爆者の受診意欲を高め、受診率の向上を図るためのものであって、健康診断の受診を奨励するという目的と相容れないものではなく、むしろ本件受診奨励金が有する、受診意欲を妨げる事由を排除し、あるいは軽減することによって健康診断の受診を奨励する効果を発揮しようとする性格の一側面を示すものと理解することができる。」を加える。

3  同二一頁二行目「本件受診奨励金は」の次に「、健康診断の受診という行為を奨励することを目的とする点において、」を加える。

4  同二三頁九行目「基づき、」の次に「本件委託契約に基づく委託料のうちから、」を加える。

5  同二五頁二行目「被告被団協の」の次に「構成員として、その」を加える。

6  同二七頁末行「八、」の次に「一一、」を加える。

7  同三四頁九行目「大阪府は」から同一〇行目「できる。」までを「本件委託契約」に基づく受診奨励金支給事務の委託によって、被控訴人被団協の職員、役員及び同被控訴人の構成員である単位会の役員が右各情報に接する機会を生じさせているということができる。」と改める。

8  同三四頁一一行目から三六頁一行目までを次のとおり改める。

「 しかし、地方公務員法三四条一項は、職員(一般職の地方公務員)が職務上知り得た秘密を漏らすことを禁ずる規定であり、原爆医療法二三条は、同法に基づく健康診断及び指導の実施の事務に従事した者がその職務に関して知得した人の秘密を正当の理由なしに漏らす行為を罰する規定であるところ、前記認定事実によれば、本件委託契約に基づく受診奨励金支給事務の委託において、右事務を取り扱う大阪府の職員が被爆者に関する情報を被控訴人被団協の職員その他の者に対して直接提供することはないものと認められるから、右各法規に違反する事実のないことは明らかである。また、被控訴人被団協に対する受診奨励金支給事務の委託によって、同被控訴人の職員等が被爆者に関する個人情報に接する機会が生ずる点についても、前記認定のとおり、被控訴人被団協に対する委託には合理性があると認められること(なお、控訴人は、本件受診奨励金のような定額の給付については、コンピュータを導入し、口座振替の方法による処理が可能であり、この点からみても委託の合理性がないと主張するが、仮に右のような処理が可能であるとして右の処理をすることに対比してみても、健康診断会場において、受診の事実を確認したうえ、直ちに現金で受診者に支給することができるという点において、被爆者にとっても便宜であるし、行政事務の効率的運用に資する面もあることが明らかであって、本件委託契約に基づく事務の委託が合理性を有することは否定できないから、控訴人の右主張は採用できない。)、同被控訴人が被爆者の健康の保持増進及び福祉の向上を図ることを目的とする公益法人であること、同被控訴人については、本件委託契約において守秘義務が規定され、秘密の保持が図られていること、単位会については、その取り扱う事務を当該単位会の会員の一般健康診断の際の受診奨励金の交付に限定することにより、知り得る情報を最小限度に留める配慮がなされていること、以上の点に照らすと、右の個人情報に接する機会を生ずることをもって本件委託契約に基づく受診奨励金支給事務の委託が違法、不当となるということはできないというべきである。」

9  同三六頁七行目「認めるに足りない。」の次に、次のとおり加える。

「右主張に沿う控訴人本人及び証人平尾邦雄の各供述は、いずれも受診奨励金の支給事務に関して自己の経験したごく一部の範囲の事項にとどまるものであるうえ、確たる裏付けを欠くものであって、採用できない。もっとも、甲三の1ないし5、証人高寄金男の証言によれば、被控訴人被団協の構成員である単位会のうち相当数については健康診断受診会場において会費の徴収が行われていること、各単位会は健康診断の受診者をもって単位会の会員として把握し、単位会から被控訴人被団協に対して支払われる会費の額は、健康診断の受診者数を基礎として計算されていること、以上の事実が認められる。しかし、被爆者が単位会に入会するかどうかは各自の自由な意思に委ねられるものであり(現に健康診断受診者の中にも少数ではあるが単位会への入会を希望しない者もあることは前記認定のとおりである。)、入会の意思を有する被爆者について、健康診断会場で単位会の会費を徴収することは、被爆者の便宜を図るという要素もあり、直ちに不当ということはできない。また、単位会の役員が、受診者に対して支給すべき受診奨励金を、十分な説明もなく単位会の会費として徴収しているとの控訴人主張の事実を認めるに足る証拠もない。」

10  同三六頁一〇行目「なされている」を「なされており、これは、これらの被爆者に対する差別的取扱である」と改める。

11  同三六頁一〇行目「仮に」から同三七頁四行目「あることのみで」までを「これらの受診被爆者に対する受診奨励金の支給手続は前記認定のとおりであって、右支給事務を単位会役員による受診会場での直接支給の方法によらず、被控訴人被団協の職員が取り扱うことは、受診被爆者の秘密保持の点からも適切であると認められるのであり、郵便振替支払通知書の送付という方法による以上、受診会場での直接支給に比べて、事務処理に時間を要し、支給がある程度遅れることはやむを得ないところであり、また、西淀川区の受診被爆者については、被控訴人被団協の会員たる単位会が存在せず、健康診断会場において受診の確認等に当る者の確保ができないことから、受診奨励金の支給につき、保健所から大阪府に対する受診結果報告、大阪府から被控訴人被団協に対する受診奨励金の支払指示という手続を経る必要があるため、さらに支給が遅れる結果となっているのであって、これらの受診被爆者を単位会の会員である受診被爆者とことさら差別的に取り扱っているものとは認められないから」と改める。

二  よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。

(裁判官 山本矩夫 福永政彦 山下郁夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例